明治九谷の解説 任田徳次 赤絵金彩牡丹図漢詩文六角徳利 一対

赤絵の牡丹図と赤色で書かれた漢詩文を組み合わせて牡丹の富貴さを表しています。特に、牡丹の花を金で線描きし塗り潰すなどして描いています。

サイズ;胴径(最大)約6.8㎝ 高さ 約17㎝

和歌を装飾するために図案が描かれた作品が見られる一方で、この作品は富貴の象徴である牡丹を装飾するために漢詩文を取り入れたと見えます。おそらく、この漢詩文はその末に銘を書き入れていることから、この作品の制作者によって詠まれたと思われます。

徳利の八つの面のうち、牡丹が描かれた2面と漢詩文書き込んだ2面とが背中合わせになり、牡丹図と漢詩文の間に文様のみの1面がやはり背中合わせに挟まっています。よく考えた構図です。

銘は高台内にはなく、漢詩文の末に「彩雲楼 旭山」と書き込まれています。その他に「九谷/旭山」、「九谷」と「旭山」の組合せなどの銘があります。これらの銘の使い分けは不祥ですが、「彩雲堂梅閑」と号した父 徳右衛門が明治6年(1873)に亡くなったのを境に、父に倣って付けた銘「彩雲楼旭山」をやめ、当時一般的になっていた「九谷/制作者の銘」に変えていったと考えられます。