明治九谷の作品解説 高橋北山 赤絵逆さ獅子に鳳凰桐文皿

明治初期の金沢九谷ではその図案が日本画のような花鳥図で占められた感じでしたが、制作者(高橋北山)の活躍した明治後半になると、独創的な図案や構図が見られます。この作品の見込みには梅の花をつないだ円の中に一風変わった「逆さ獅子」(次項で解説)が、当時でも珍しかった逆立ちした狛犬の石像からヒントを得て図案化したと思われ、その外周に置かれた八つの円の中にも珍しい図案が描かれていて、構図的にも独創的です。

また、赤絵といっても、見込みは朱赤で塗り、縁から見込みにかけては周囲の文様と地の紗綾文全体から赤の濃淡が感じられ、グラデーションがかかっているように見え、赤絵の絵付にも視覚的な工夫が加えられたようです。

見込みに描かれた逆立ちをする狛犬の図案は、名工といわれた福島伊之助が金沢の石浦神社の境内に明治24年に据えられた「逆さ狛犬」から着想したと見られます(この狛犬はその後大正時代にかけ石川県全域の110以上の神社に広がったといわれます)。図案では、いかつい顔付きをし顔中に毛の渦があり、毛並みが一本一本細かに描かれ、後ろ足で雲をけっている狛犬の姿で、鳳凰と桐の実の図案と合わせて吉祥の意匠に仕上げたと考えられます。

外周にある八つの円の中に4種類の図案が二組ずつ対面で描かれています。画像の上二つには鳳と桐の実が描かれ、これは鳳が桐に宿り、その実を食するとの言い伝えから、古くから組み合わせて描かれたようです。見たこともない鳳であり桐の実も高いところにあって、なかなか様子がつかめないため、目に見えない存在への畏敬の念を表わそうとしたと見られます。

下の左の図案は、瑞雲から頭を出した鳳を表わしたとしか言いようのなく、唐時代につくられた三彩鳳首瓶と同じように、これもどこか畏敬の念を表したかったと思われます。右の図案は、実際に「逆さ狛犬」と対をなして据えられた狛犬が座して据えられているといわれますが、制作者は座した狛犬の後姿を描いたところがとてもユニークです。

裏名は二重角に「九谷 北山」と一行で書き込まれています。高台内は比較的広く、その外側には八つに分けられた枠の中に魚子文と波文が交互に綿密に描かれています。全体の半分ほどが擦れて薄くなっていますが、完成時の様相は金沢九谷らしく繊細にて華やかであったと思われます。